「個人」のオリジナリティーを自覚・確立するにはどうすればいいか考えています

近頃、「みなさん」は何者なのか、また何なのかを考えるニーズが出てきました。私もこれから20代のアダルトで、そんなにウカウカしていられるジェネレーションでもありません。どうすれば自分が「みなさん」として生まれて来た定義を実感し、それを活かせるのかを考えなければいけません。こうした自分にだって見込めることがあるならば、とにかくそれを実行に移さないといけないと思います。喜捨とか街のゴミ拾いとか、ほんのささいなことでも自分に見込めることから少しずつこなしていくのが今の自分にとっては最高峰案なのではないかなと思います。喜捨はほんとに今までとってもやってきました。インターネットのWEBから見込める要点喜捨とか、当然街頭での喜捨にも賃金を入れたことがあります。それでも要点喜捨に比べれば、街頭喜捨は数えるほどしかやったことがありません。特別人の思えるところでやるから良いわけではないと思いますが、喜捨するならどっちみち自分の賃金で、「喜捨したぞ」という実感できるようなのがほしいですよね。ポイントは確かに後に金に交換できるものですし、自分の懐を傷めないという部分では簡単にできますが、それもわずか違うんじゃないでしょうかね。要点喜捨は東北・熊本地震ダブルやったことがありまして、今までかなりの要点(=金)を喜捨してきました。特にでも何もやらないよりはマシです、といった思ったら簡単かも知れませんね。我々はそういったインターネット喜捨とかをする結果、本人のオリジナリティを配置できるかなとちょっぴり思っています。「大それたことはできないけれど、こういうことなら行える」というのが我々が我々ですことなのかなと思います。敏感肌でも使えるから安心

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